石原千秋「Jポップの作詞術」を読んでからのaiko「初恋」覚え書き 【~守って「あげる」と「守る」~ 小鳥公園との比較】
2012/10/07(Sun)
Jポップの作詞術 (生活人新書)Jポップの作詞術 (生活人新書)
(2005/11)
石原 千秋

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文フリの申し込みが済んで、ひとつめの原稿の書き終わった頃だったかしら? ツイログ見たら9/5にこの書の存在を知ったようだ。石原千秋先生のこの本のトップバッターに!われらがaikoの!「初恋」が取り上げられてるんですね!! ワーオ! 知らなかった知らなかったくっそくっそ!
石原先生はテクスト論で有名ですが、先生のこの書の序文から取り出して曰く「作者とテクストを切り離して分析する」(=先生のテクスト論) そう!! まさに現代のJポップはこれ! aiko文学解釈と鑑賞の序文では先生のこの言葉を引用する予定です。あくまで予定は未定だけど。序文書かなきゃな…運命の執筆終わったら頭が八犬伝でござる……
ところで私はテクスト論は苦手 というかあまり専門でやってはいない。大4のとき、キンキン先生が少し教えてくれたくらいかな? もちろんまったく知らなかったわけでなく……いや、名前くらいかな。自分がとった研究方法ではなかったので、詳しく知らなかったのですね。読者よこれが日文卒の言う言葉だ…
ところで、序文に「僕の専門の夏目漱石の小説テクストも、aikoの歌詞テクストもまったく同じように分析するとうことだ」とあるのだけど、見てください!漱石とaikoが並んでますよ震えるマジ!!!

最初は先生の初恋解釈(分析)に噛みついたろかしらんフンスとか考えてたんですけど、てかその気満々だったんですけど、でも先生の解釈は先生のもので、違うとか違わないとか言う話でもないしそうだったら程度低いよなー、そうそう、文学ってそういうものだよねー、って思ったりしたので、先生の解釈は立派に一つの「初恋」解釈やんで、(それも一つのまとまった文章になっている本当に立派な)ものとしておくとして、大事なのは私がこの本に感化されて何をしたかということです。
私はaiko好きでなるべくaikoの言葉を調べたいのです。そしてaikoの言葉を否定したくない。私のaiko歌詞研究は私の中のまだ形付いてない歌詞世界を肉付け、構成していくということもあるけど、何よりもaikoを知りたいと思うので、aikoの言葉を無視して何か語りたくはないのである。てことで、aikoは初恋についてどういうことを言ってるかってゆー、そういうことから私なりに初恋解釈を展開させていこうかと?
でも。初恋はクローゼットや原稿で書いた相合傘やアスパラほどしっかりした世界を持ってない曲なの。というのも私が初恋を、そこまで好きじゃないからという本当どうしようもない理由だったりするわけでしてwww
今回は問題提起なだけ、気になったらいつか語る的な。

○「妄想」
aikoが妄想ジャンキーであることはaikoファンの諸君らはご存じの通り。歌詞にも登場しているしね、「恋愛ジャンキー」二番のサビラスト「妄想ジャンキー」と。
可愛らしいものから正直エグいものまで、彼女の想像力は果てしない。そしてそこから生まれる楽曲の多いこと多いこと。この創作のあり方は私も本当に見習わねばなるまい。どんなものにも物語の種は眠っている。
さて初恋「妄想」であるが、これは指摘されている通りエロスをほのめかしたものでいいと思う。毎回一度はライブにおいておピンクなトークにつっこんでしまうし、オリスタのインタビューでもエロいと言われちゃってるし……。
まあともかく。少女のエロスの萌芽と言ってもよい。「小さなあたしの体は熱くなる」なんて、ねえ。aikoのこの初恋、島崎藤村の「まだあげそめし前髪の…」に並べちゃっても、いいと思うわん。「わざと指に触れた時」の頃は、一番から成長している感じだ。微々たる成長ではあるが。

で、先生も注目してる「守る」ということについて。
この書では「母性」だと解釈している。私も、母性へのさきがけ的なものではあるだろうと見ている。しかし作者であるaikoの母性、というかもう一段階グレードのあがった愛は「彼女」収録の「瞳」まで待たねばなるまいと思われる。発表自体は06年だが楽曲自体は04年には出来ていたと推測される。

ところで、aikoのこの「守る」という歌詞、ほかに何の曲で出てくるのだろう。

○「守ってあげる」と「守る」
「守る」というフレーズが出てくるのは他に「あの子へ」と「小鳥公園」 特に小鳥公園は重要。ラストサビ(大サビ)の最後のフレーズ「あたしがあなたを守るの」である。……守るってなんじゃい守るってーな! ちなみにそれぞれ初出は「あの子へ」はドーテイオムニバスが初出なので97年以前。「ロージー」のカップリングでの再発表は01年5月。「小鳥公園」は「三国駅」のカップリングで05年2月。くしくも、どちらも三曲目。
変遷をたどると、あの子へ→初恋→小鳥公園 である。最近の曲にもあったかもしれないけど、ちょっと保留にしよう。「あっとあいこ。」さんのデータベース更新が待たれる。

「初恋」における「あなたを守ってあげたいな」は「あの子へ」の「すべてあたしが守ってあげる」とおそらくは似たような感情でもって描かれているのであろうけど……母性、もあるだろうけど、母性より幼い、こう書けば聞こえは悪いが独占欲に似たものを感じる。例えるなら子供がペットの世話をすると威張ってる感じ……違う? なんなのその喩え。
でも、独占欲、なのだろう。何かを「守る」というのは特権の一つではないだろうか。

と。今回はあくまで覚え書きなのでテケトーに書くつもりだったので深くつっこむのはこのあたりでナシにして。
「小鳥公園」での「守る」は「あげる」がついていないのが特徴であろう。小鳥公園、そのタイトルは「子取り」であると確かaikoがどこかの雑誌のインタビューか何かで明言していたのであるが、まあそれはいいとして、恋が成就してまさにラブラブ朝チュンなシチュが「あの子へ」であるが、「初恋」は恋が成就しているわけじゃないのに、「あげる」である。
ここで出すべきものは先に挙げた「妄想」であり、妄想の中でにゃんにゃんしちゃってるってことは、「あたし」の妄想の中では完全にラブラブな二人であり、それが妄想という前提があるにも関わらず、妄想が行き過ぎてしまって現実を浸食した結果守って「あげたい」になってしまうのである。そういうのってあるよね? 想像と現実がごっちゃになるとか、すっかり彼もしくは彼女の恋人気取りとか。そんなん。じゃないかなって。
「小鳥公園」ではあたしとあなたは結ばれていないし、あなたとはどうしたって離れる運命にあるらしい。コウモリが夕日を連れてきてしまったらあなたはお家に帰ってく。だからね。だから、「あげる」は使われない。

予想外に長くなってきたのでこの辺で切るけど、守って「あげる」という助動詞(なのかな)がついているのを使うのは恋愛が成就している、もしくは成就している仮定の世界であり、幼い、単純な形の独占欲、つまりは愛の表れではないかってこと。
対して小鳥公園の「守る」は恋がまだ成就していない状態で使われている。サウンド面のこともあわせて考えると、守るという言葉の割に随分攻撃的にも聞こえるのである。何があっても「あなた」を守り通す。そんな強い意志を感じる。その強い意志は「あなたが好きだ」という言葉に言い換えられるのかもしれないけど。

まあ、今回は本当に、考察までいかない覚え書きでした。ふと疑問に感じた「守る」から引き出して書いた感じです。
さてここでせんでん。「aiko文学 解釈と鑑賞」は第15回文学フリマで頒布予定、ワタクシは「自転車」と「Aka」について、それから「相合傘」からの「アスパラ」考察をやってますよー ページ数価格等ぜんぜん未定~序文もまだ書いてないしね。ルーカス先生の寄稿も楽しみ└(^ω^ )┘
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コメント
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ありがとさん。
2012/10/07 01:40  | URL | 千秋楽 #-[ 編集] ▲ top
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