私の、最愛のご主人様 【八犬伝ぺーじ更新/雛衣について】
2012/11/13(Tue)
日が変わりましたので先に書いたように八犬伝ページ更新しましたです。たまくしげトップページ下部にバナーがありますのでそちらよりお入り下さい。

・小説「私の最愛のご主人様」掲載しました。
雛衣の話です。というか雛衣と玉梓の対話ですね。さんざん大雛夫婦の話書くよとか言ってたのに、大角さんすごい出番少ないうえにあんな…そして玉梓さんである どうも私は狂言回しや語りの媒介として玉梓を使いたがるようです。うーんやっぱりこの作品群に於いては彼女はある意味主人公です。
この小説書いて何かこういろいろすっきりしました。私の中で玉梓以外の八犬伝の一番の不満は、まあ浜路を見捨てた信乃とか道節のこととか山林夫婦の義死も結構あるんですけど、やっぱり一番好きな大角さんの奥さんの雛衣のことだったんです。それで何とか私の中で決着というか、解釈をうめないものかと思っていろいろ考えてました。白龍亭さんの考察、伏姫屋敷さんの本論や勘ぐり読んだり、原典読んだり、うーんと考えたり。

でもある時はたと思ったことがあって。

雛衣ってそらー第三者の目からすればすんごい可哀想な方で、旦那は冷たいし義父や義母にはいびられるし(そういえば船虫の存在をすっかり忘れていたので今回の小説では全然言及していない…)挙句の果てには自分から死んでいかなくちゃいけなかったって、日本古典文学悲劇のヒロインシリーズの中でもベスト5……は無理でもベスト10くらいには入るんじゃないかなって思うんですけど

でも、雛衣自身は自分のことを不幸だって、思ってたのかな、と。
彼女は不幸だったって、私達はそれを勝手に判断してそう思ってるけど、でも、雛衣自身はどう思ってた?

十九の厄を一期にして、非命に終る幸なさも、
何憾むべき良人の為に、功ありといはるゝ事、妻たるものゝ面目なり、
歓ばしや。
(第七輯 巻之三 第六十六回より)

メリーバッドエンドという用語があるそうです。本人達だけが幸せに感じて終わり、周りから見たらそれはとても見ていられないようなやるせない気持ちになる悲劇を指し、またその逆も指す、物語の終末の形のことを言うそうです。
雛衣の死のエピソードは、これなのかなと思うのです。後世の読者達がこりゃひどい、と一見して思いますが、でも。
私は、雛衣は幸せだったんじゃないかなと思うんです。というか考察の果てそこに辿り着いてこういう小説を編んだわけです。それもまた私の勝手な解釈に過ぎない、自己満足の極地でしかないわけですが、でも私はこの小説という回答に辿り着けてよかったと思います。私の中でずーーっとひっかかってた雛衣のことに一つの答えを示せたことで、本当にばかなんですけど泣いてしまうくらいでした。
だってだって、誰がその人の真実を疑うことが出来るというのか。その人がそうだと感じた以上それは紛れもない真実だ。その時虚は実になるし、実だって虚になる。

「その真実を知らないで、誰が自分の死を悲しむと言うのだ。誰が自分の死に憤ると言うのだ。」
(本文より)

そして大角さんの出番があんまりにも少なかったし可哀想なので、いつか大角さんピンで書こうと思います。
あ。冒頭(セクション1)に創作エピソードを入れましたが、犬って本当にそうなんだそうです。むかし猫と犬に関するQ&Aの本を読んでいて、動物病院の院長先生が書いていた本なんですけど、猫の方も犬の方も最後の質問が臨終の時についてなんです。猫の方はどういう回答か忘れてしまったんですけど、犬のやつだけ覚えてるんです。周りがすごい哀しそうだと犬も哀しがってしまうし、その気持ちのまま死んでしまうから、少しでもいい顔をした方がいい、そうすると清らかな気持ちで息を引き取れるから、って。
セクション1を書きながら去年亡くなった犬のことを思い出してちょっと泣いたりしてました。うちの犬は漫画でもないのに、最期の最期まで頑張って意識を保って、最期の散歩をしてからすぐ亡くなったんです。世話してたのは私じゃないから私にはそっけなかったけど、本当に父と母のことが好きだったんだなあ、と。犬の鑑ですよ、本当。可愛い犬でした。仲は良くなかったけど、大好きな犬でした。だから、雛衣はちょっと彼女のことを思い出して書いていたような気もします。

さて、雛衣は第二の伏姫、いわば準伏姫ではないか、というプチ考察みたいなものを書こうと思ったら、あら、なんか尺が長くなってしまったぞ。湿っぽいし。だから別記事にして語ろうかなーと
既に指摘されてることですが雛衣って伏姫みたいだよね反復だよねって言うことを書こうとしてました。今回の作中でも玉梓さんがキレてますからね伏姫じゃあるまいしってね まあ既出でも自分の言葉で書いてみるってのは大事です。



画像系がなくてちょっと寂しいので、ついったーでさんざん呟いてる もう五回くらい言ってるんじゃないかなって思うんですが、本当にそう思ってるから繰り返してるんですね、うん。何がと言うと安藤裕子の「海原の月」が、とても臨終の際の雛衣を思わせる曲だと思います。

今回の小説の第三節(セクション3)の最初らへんはもう殆どこの曲の歌詞を拝借したようなものです。

抱きしめて そしてキスをして
ありがとうと そう手をふるけど
動けない だって目の前に あなたがいる
私を見つめていたから

先月彼女のアコースティックライブに行ってきて、とても近い距離でこの曲を生で聴いたので、なんか降りて来たのですよ、ウン
というわけで何がというわけなんだですが 今回の更新りれきざっきはこの辺りで。もっと八犬伝ねたでぶろぐ書きたいよう。
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