雛衣 ――伏姫に準ずるもの
2012/12/20(Thu)
雛衣の小説に加えて仏法烈女☆ひなぎぬソワカなんてものをネタで書いてから私の中で雛衣はアルティメット雛衣化してしまってネタでいじれないくらい聖女です いいえ烈女です
君は僕のドア真実のドアただ一つの世界への
アルティメット雛衣。そのうち線画して塗ります
庚申山編が伏姫物語のリフレインだということはご承知の通りで、雛衣の行動如何がどれだけ伏姫を反復しているかなど今更書くべき程のことでもないと思いますが、自分の言葉で書きつづることが大事だと思いますのであえて書きます。
現在大変たのしく興味深く読書中の小谷野敦氏の八犬伝綺想(福武ブックス版)において角太郎と雛衣をめぐる庚申山編は信乃と浜路をめぐる大塚村編のテーマの変奏であるとしています。(もし小谷野氏がこれを見ていたら…ざっくり書いてしまってすいません)私も以前ネタ絵で「大角の話なんて所詮信乃の話の反復に過ぎない」と描いたりしましたが、この庚申山編ようよう見てみると、大塚村編なんかよりも序盤の伏姫物語に相似する点がかなりあるように思われます

で、ノリノリで書いてたら長くなったので以下続きに。大雛というか雛衣への溢れんばかりの想いと八犬伝創作に対する心構えつき。



まずは伏姫物語と庚申山を比較してみると。

○比較○
富山に入り八房を撃つ大輔:庚申山に入り化け猫の目を射る現八
何でも願いを叶えると八房に言った義実:出来ることなら何でもすると言った角太郎
犬である八房:夢の中で犬になっていた角太郎
犬の子を孕んでなどいないと自害した伏姫:身籠っていないことも証明するために命を捧げようと胸を突いた雛衣
伏姫から飛び散った八玉:雛衣から飛び出た礼の珠

ほか、雛衣の父(角太郎の養父)の名前についた「蟹守」は伏姫の八犬士出産のモチーフ元である豊玉姫伝説にルーツを見ることが出来るし(伏姫屋敷さん「庚申山編における「蟹守」の意義」より)(豊玉姫伝説がモデルである指摘は小谷野氏の「八犬伝綺想」より)先に書いた「烈女は二度死ぬ」であげたように、伏姫と雛衣は一度目の死(自殺未遂)に「入水」を選んでいます。
上にあげたように、そして小説でも書いたのですが角太郎も義実同様「言の咎」によって雛衣を失うことになります。何でもする、なんてそうホイホイ言うもんじゃねーですわね。だったら角太郎は大輔じゃなくて義実の位置? 大輔は上に挙げた比較によると現八だぞ。そしてこれも考えてみれば、ここで化け猫をとっちめてれば雛衣が死ぬこともなかったでしょう。ここで仕留めそこなった故に雛衣が死んだようなもので、大輔が誤射してしまった為に伏姫は結局瀕死に陥ります(まあ自害するけど) 綺想でも指摘されてるけど、角太郎の方、親の呪縛にとらわれていたという事情はあるものの、現八と角太郎が雛衣を止めたり化け猫を何とかしてれば雛衣は命を落とさなかったわけですよ! コンチクショーーーーー!!!!おまえらそこになおれ!!!! ……はっ。素が出てしまった。失敬。
でも考えてみれば伏姫を殺したのは義実・大輔と言えるわけでもあります 義実が言の咎によって八房に伏姫を嫁すことになるんですがこれだって見方を変えてみれば伏姫を八房と共に富山に“捨てた”ようなもので(以前書いた記事「闇はわたしの心のすみか / 女性の牢獄」参照)生き死にを他者に委ねるステージに追いやったとも言えるし、大輔は伏姫屋敷さんの「伏姫は大輔の仇?」で書かれているように伏姫が自分の仇と見ることも出来るのです。義実と大輔は共闘して伏姫を殺した! というのはかなりぶっとんだ、穿った見方でもあるんですが、がー。伏姫のことはともかくとして、角太郎と現八は雛衣を殺さなくてはいけない流れにいたんですね。この辺り詳しくは八犬伝綺想を読んでいただくとして。

なんかいろいろあっちいったりこっちいったりなのですが、一番重要な相似はやはり「自害して珠を世に放つこと」でしょう。伏姫は「ヤダーわたし犬の子なんか孕んでないのー!ブスーッ」(超訳・ぴんく先生の簡略あらすじマンガでは大体こんなだった)で、雛衣は「いいの、角太郎様。だってお腹、大きくなっちゃってるんだし、これで疑わない方がおかしいわ。お腹の中に何もありませんでした、だったら、それはそれで私が悪いことしてないっていう証明になるし……何より、角太郎様の為にもなるでしょう? だから、そんなに悲しい顔しないで。笑って、ね?」(わりと超訳・たまきの演出と脚色入り)というような多少の違いはあれども、おおむねお互い「獣姦や不義密通を犯していないことの証明」として刃を立てている。似通っている、あまりに似通ってますわよお二人さん。

だから、……これは考察関係なくて私の願望であるのですが、角太郎もとい大角にとって、伏姫が姫神となったように、雛衣はある一つの神に昇華されたのじゃないのかなあ、と。このある一つの神って言うのが、私のイメージでは魔法少女まどか☆マギカで言うところのアルティメットまどかみたいなものでして。
説明が長くなるのでアルティメットまどかについてはググって頂きたいのですが、簡単に言うと八犬伝世界で言うとこの伏姫(もしくは役行者)と同じような、一つ上の次元にいる存在で、全てを救済する女神という概念のことでして。伏姫に準えられる可能性を十分に持った雛衣だからこそ私は雛衣のことをアルティメット雛衣なんて言ってるんですワ。大角さんにとっての女神になっていて欲しいなあと思うんです。永遠の女性像、とでも言いますか。後に妻となる鄙木姫とはまた別の、大切な女性としていつまでも彼の心の中にいて欲しいと思うのです。

さて、大角さんは準伏姫とも言える雛衣を妻としてもち、一時的とはいえ雛衣の胎内にあった礼の珠を持つ犬士ということになります。ここで伏姫屋敷さんが常々問題にしている大角さんの立ち位置のあやふやさについてふれたいと思います。(「八犬士の<聖>と<俗>」「犬村大角の微妙なスタンス」1~3をそれぞれ参照のこと)
大角は<俗>犬士であるはずなのに、<聖>属性犬士としての特徴を多く持つのは何故か? それは雛衣の存在があったからだと思われます。さんざん述べているように雛衣は準伏姫です。ならば彼もまた親兵衛や信乃のように伏姫の加護に近いものを受けていたとも言えるのではないでしょうか。
また私は大角に毛野と道節を含めた洲崎戦トリオが好きですが、雛衣のことを一旦除外視して単純に並べてみると毛野・道節の玉梓属性二人に近いことも面白いわけでして 言ってみれば聖と魔の両方を併せ持つ特別な犬士でもあるんじゃないかなと思います。特別、という意味では彼が最後に登場する犬士であり、犬士中唯一の妻帯者であったことも特別です。
それと夢で犬になった彼ですが、彼を“犬”と見るなら犬の嫁になった雛衣はやはり犬に嫁した伏姫そのものです。そしてこれは最近気付いたのですが、馬琴さまは「雛」という字に「いぬ」と読み仮名を振った使い方をしているのです。第八回のタイトル、「行者の岩窟に翁伏姫を相す 滝田の近邨に狸雛狗を養ふ」の「雛狗」を「いぬのこ」としてあるのですよ。更に八犬伝の各回タイトルは秀逸な対句表現になっているのですが、ここで対句になっているのは「伏姫」と「雛狗」! ……まあこの雛狗はのちの八房でもあるのですが。
伏姫が犬の字を名前に持つことはあまりにも知られている事実ですが、雛衣もまた「いぬ」を名に持つ女であったのです。自分は小説で雛衣に「私もまた犬なの」と言う旨の言葉を言わしめていますが、この「雛=いぬ」に気付いたのは執筆も終わって掲載したあとだったのでおおおーっ!と驚喜しましたね。

……と、ここらへん熱に浮かされて書いてたのですがあとでお風呂入りながら冷静に考えてみると、「雛」が「いぬ」なんじゃなくて「雛狗」は漢語的な読みをするのであって、「雛狗」は「狗」の「雛」 そう雛はただ単に「こども」(字そのままに)「ヒナ」の意じゃん…? って思ったんで…… なので線ひかせてもらいました。うーん。私もうちょっと冷静に字を眺めようぞ。

長々と書きましたが、私が書きたかったことはただ一つ、雛衣は第二の伏姫であること、そして願望として、大角の中にいつまでも生き続けている永遠の女性像であって欲しいな、亡母憧憬ならぬ亡妻憧憬な気持ちを持っていて欲しいな、ということですね。
……小説を書いていて気付いたのですが私は大角が好きというよりも雛衣と言う、登場して数回で劇的な最期を遂げてしまう悲劇的な、しかし一概に悲劇的でない一人の女性に対して「好き」という気持ち、物書きとしての「語りたい」想いが集中しているんだなあ、と。そしてその想いは伏姫や玉梓にも言えるのです。
よくよく振り返ってみると、私の八犬伝の「好き」の気持ちの根底にあるのは、玉梓や伏姫や浜路や沼藺や雛衣、主に女性達に向けられた「何で?」「どうして?」なのです。

どうしてこんなに酷い目にあうの?
何で女の人ばかり、こんな酷い死に方をしなくちゃいけないの?

わずか17歳の小娘に過ぎなかった私は、確かに八犬伝という深遠なる宇宙を孕む物語の、ごくごく一部の表層的なものしか読み取れませんでしたが、17歳の少女であった故に、表層的に見えて根源的な疑問を抱くことが出来たのではないか、と……自分を振り返ってそう思います。
それから八年、私はこれらの疑問を含んだ八犬伝という、解を出しつくされたそれでも途方もない方程式を解く為に、私の解釈を以てして、「小説を書く」と言う解の公式を使うことにしました。いま、私はその解を導いている途中に過ぎないんだろうな、と思います。この方程式を投げださないように、一言に集約されてしまうのはアレですが、言えることは一つだけです、頑張ります。馬琴さまが八犬伝完結を諦めなかったように、私も諦めたくないと思います。
この記事のURL | 八犬伝 | CM(0) | TB(0) | ▲ top
<<■たまきはるはライアーソフト「黄雷のガクトゥーン」のサポーターサイトです■ | メイン | 烈女は二度死ぬ>>
コメント
コメントの投稿















管理者にだけ表示を許可する


▲ top

トラックバック
トラックバックURL
→http://tamakiharu87.blog87.fc2.com/tb.php/3437-50d5d8c9

| メイン |