aikoと宮崎県と海幸彦山幸彦 【風招き考察めもざっき】
2013/07/04(Thu)
桜の時さんからのコメントで一気にスイッチ入ったのでaiko「風招き」考のプロットやら概要やら、大体こんな感じにしたいな~と言うのをダーッと書き出してみて、まあごねごねやろうと思います。ここで80%くらい力を出すので「鏡」と「テレビゲーム」はそれぞれ10%くらいしか力使わないと思ってくだすって結構です・笑 いや笑いごとじゃないから。本当はどれもこれも力を使いたいんだけど、ちょっとヘヴィです。そのかわり「風招き」考はaiko文学収録出来るくらいのものにします。……ってまだ書いてないのに何で自分でハードルあげてんだろーやーん(・・;)



「風招き」は広辞苑では「風招」(かざおき)で出てきます。ちなみに正しい振り仮名は「かざをき」。「招く」は過去の記事でも何回か書いてますが形容詞「をかし」の語源だそうです(確かめてないから真偽不明。デマかも)まあ、これは今回関係ない。
自分はまだ日本国語大辞典を引いてないので桜の時さんのコメントからの引用になりますが(引用失礼しますね><)

>これは神代下・第十段の海幸(火闌降命)・山幸(彦火火出見尊)の話で、山幸は釣針を失い、兄海幸の怒りを買ったが、塩仕老翁の教えにより、海宮に行き、海神から呪力のある玉を得て帰り、兄に報復した話の一節に出てくることがわかりました。以下、その部分を要約と原文)(「」内が原文の読み下し〉で示します。
>海神は山幸に次のように言った。兄に釣針を返す時に、「お前の子供の八十連属(やそつづき)の裔(すえ)に「貧鉤(まぢち)・狭狭貧鉤(まぢち)」と言い、言い終わったら、三度唾を吐いて、釣針を返しなさい。また、兄が海に入って釣りをした時に、「天孫、海辺に在(ま)して、風招を作(し)たまへ。風招は即ち嘯なり。如此(かく)せば、吾おきつ風・辺(へつ)風を起(た)てて、奔(はや)き波を以て溺し悩さむ」と申した。
>山幸は帰って神の教えに従い、兄が釣りをしている日に行き、「弟、浜に居しまして、嘯きたまふ。時に、迅風(はやち)忽に起る。兄則ち溺れ苦む。生く可きに由無し。」そこで弟に哀願して、自分を助けたら、子の八十連属を従者とすると言った。そこで、「弟嘯くこと已に停(や)みて、風亦還息(ふきとどまり)りぬ」。

太字にしたところが初出の部分です。
古事記では海幸彦と山幸彦の話、日本書紀では海幸・山幸伝説。記紀神話について詳しくないのでよくわからないのですが、手っ取り早くwikipediaを参照して見ると、日本書紀の方はいろいろと異なっているバージョンがいくつか収録されているようで、これはその第十段一書(四)に当たります。風招、他の用例はちょっと日国大当たってみないとわかんないですけど、果たして他に用例があるのかあやしい超絶マイナーな言葉だと思います。
記紀神話について詳しくないと書きましたが、記紀神話どころか、お恥ずかしながら自分は高校一年生になるまで因幡の素兎の話すら知らなかった(!)程の日本神話オンチです。これは結構自分的にコンプレックスだったりする。かと言って今どれほど記紀神話の知識持っているかと言うとこれもまあ、ほんとに素人レベルなわけですけど…
そんなドシロウトの私が書くのもアレですが、海幸彦と山幸彦の挿話はどれほどメジャーなのだろうか? とちょっと思います。でも地元の人、例えばヒコホホデミノミコト(山幸彦)や豊玉姫を祀っている神社がある地元とかだったら、もしかしたら他の土地よりは知られている話だったりするんではないだろうか?
山幸海幸の伝説はどこの伝承かと言うと、宮崎県の伝承である。wikipediaにはヒコホホデミノミコト・豊玉姫命を祭神とする、宮崎県にある青島神社へのリンクもある。

ここで思い出したのが、aikoの本籍地である。
aikoは公式プロフィールでは大阪出身であり、事実、大阪の吹田で育っている根っからの関西人だが、本籍は、実は宮崎県にあるのである。ググってみたところ母・キヨコさん方の郷里のようであり、宮崎県田野町なるところが本籍地らしい。
「天の川」のaikobonライナーノーツでは「長崎で天の川を見たことがある」と書いてある。いや、宮崎と長崎は同じ九州でもかなり遠いんだが、可能性として、母方の実家である宮崎に、たとえば夏休みや冬休みや春休みに遊びに行ったことは、ありえるのではないだろうか。
そしてそこで、海幸彦と山幸彦の伝説に触れ、「風招」と言う言葉を取得した――という仮説は、正直、書いてる私が断言するのもアレだが、かーなーり信憑性は低い! しかし、「ない」とは言えないんじゃないだろうか。

……って書いてみて、まあぶっちゃけ、ていうか多分こっちの方が相当確実なんだけど、「花風」と同じように「辞書で見つけた」からっていう路線が一番ありうると思う(笑) 「花風」にしたって出典は能因本枕草子なんだけど、能因本は江戸時代ごろまではよく読まれてたけど、どうも現代では主流じゃないみたいで、小学館の全集くらいしか底本にしてないみたいよ。てか何かこんなこと書いてたら宮崎でのaikoライブ行きたくなってきた。

まあそんなわけでこれは可能性の一つを示しただけ、推論です推論。しかもかなり信憑性薄いもの。でもありえそうだな、っていうレベルのやつ。信憑性ないけど地元とかにひっかけてやけに説得力あるように仕向けたレベルのw 私はこういう権威の強い証左に弱いのだw
それはおいといて。以前谷山浩子さんの「ひとりでお帰り」からaiko「ラジオ」を読むっていうのをやった時に、こういう比較したり、関連付けて歌詞を解釈するのって面白いなあと思ってなんちゃって比較文学って題したんですけど、この海幸彦と山幸彦の伝説と「風招き」も関連付けて考察してたら、個人的に結構興味深い考察というか、“読み”が出来たので、これもセットで書こうと思ってます。なんていうか、腐女子的リスニング力を発揮しててある意味では二次創作的と言えるかもわかんないです。いやまだ書いてないけどね?
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