八犬伝-東方八犬異聞-についてどうして私が複雑な心境でいるかを語るの巻
2013/07/12(Fri)
突然だが、私は曲亭馬琴の「南総里見八犬伝」が好きなのであって、「八犬伝 -東方八犬異聞-」が好きというわけでは必ずしもないということをひとつ。
何を言っても原典厨のひがみにしか見えんわけだが、異聞ばっかり盛り上がっているのはどうにもこらえがたいものがあるのである。
(7月2日のPixivスタックフィードより)

BS11での異聞第二期放送がもうすぐ始まります。といっても自分は「あまちゃん」の夜再放送を優先したいので結局は録画か、バンダイチャンネルで見ることになりそうです。大角の話からなので雛衣が今から楽しみです。

先に書いたように自分はあまり異聞が好きではありません。そのことについて書こうと思っているのです。でもただ不満を述べるだけでは2chの書き込みと何ら変わらないので、今回はどうしてそう嫌いなのか、ムカついているのか、原典の八犬伝、曲亭馬琴の八犬伝と異聞について、述べていこうと思います。

八犬伝は二次作品が非常に沢山ある作品です。NHKの人形劇新八犬伝(73-75年)も角川の八犬伝(83年)も二次作品であれば、児童書「サトミちゃんちの8男子」(2011年-2012年)もアニメ映画「伏 鉄砲娘の捕物帳」(2012年)も二次作品の一つです。勿論今回問題にする「八犬伝 -東方八犬異聞-」もそうです。ですが異聞に比べれば、他の作品にはそれほど苛立ちを感じません。
では何故異聞にだけ執拗に苛立つのか、ちょっと自分で考えようと思ったのです。

以下、長いので続きに書きます。
異聞についての、いわゆるアンチ意見の一つになると思っています。なので好きな人は読まない方がいいけど、こういう風に考えて悩んで釈然としない想いを抱えている原典八犬伝ファンもいるということを頭に留めておいていただけたらそれはそれでありがたいと思っています。


そもそもの発端は、某プチオンリーがなんか盛りあがってて、いいなあ。と感じたからかも。要するに、ひがみなのです。
確かに舞台があったり「伏」シリーズの展開などがあったり、来年の刊行200周年に向けて(それをする側は知ってか知らずかではあるものの)八犬伝がにわかに盛り上がっているような気はします。異聞のアニメ化もその一つであると思います。ですが私としてはなーんかモヤモヤするのであります。そもそも本当のことを言うと、06年冬水社コミックス刊行の時点から、この作品があまり好きではなかったのだ。そのことについて書くとちょっと横道に逸れそうなのでおいとくとして……

マア、昨今の「八犬伝」と言えば馬琴のそれではなくあべ美幸の東方八犬異聞を指すようになってしまっているように思う。例えばツイッターで八犬伝とプロフに書いてあるユーザーがいるとして、しかしよく観察してみればそれはアニメの東方八犬異聞のことを指していてなんだガッカリ、と言うケース。八犬伝とタグ検索すれば異聞のイラストばかりひっかかる始末。ショッピングサイトでもしかり……ええい! ちがーう! バターン!
作品自体に恨みがあるわけではないのにこうなってしまう悲しさよ… そして私はこんな風に思うのである。

「ああ、この人達は馬琴の八犬伝になんて興味ないんだろうなあ…」

はっきり言ってしまえば異聞は八犬伝の名を借りた全くの別物だからである。あべ美幸の異聞から馬琴の八犬伝に入る人も中にはいるだろうが、別物も別物である。異なる点を挙げればそれこそキリがないので割愛する。
とにかく「異聞だけ好きな人にとっては馬琴の八犬伝なんてどうでもいいんだろうな」と言う、スタックフィードに記した私の何気ないボヤキが、一番核心を突いている気がしたのだ。

  馬琴の八犬伝好きな人 → 異聞

この図はありうる。いろんな作家のいろんな八犬伝を楽しむことはいいことだし自分の創作もそういった恩恵を受けてやっているところがある。しかしだ。

  異聞好きな人 → 馬琴の八犬伝

このルートを辿る人はどうだろう、少ないのではないだろうか?
私はこの点に問題を感じるわけである。もし今が80年代ならば、角川の八犬伝に対しても同じことを感じていたかもしれない。いや? 角川の八犬伝の方がまだマシなところはあるかもしれない。かなりのアレンジを加えてはいるものの、あれはあれでそこそこ八犬伝をやっている。勿論異聞と同じであれを八犬伝と思われても困るのであるが(-_-;) 原作は未読だが映画はアクションとしてもラブロマンスとしても面白かったし。
話を戻す。「馬琴の八犬伝(南総里見八犬伝)に入る人がほとんど見込めない」と言う点が一番問題であり、ゆえに私は異聞に対してどうしようもないほどのフラストレーションを抱えてしまっているのである。勿論、中にはいるかもしれない、ていうかいてくれなきゃ困るんだが。あの「サトミちゃんちの8男子」を読んだ小学生や中学生までも馬琴の八犬伝に、抄訳なりマンガなりでチャレンジしていると言うのに。(未来ののびしろである、頑張って伸びていって欲しい)

そうだ。何故異聞にはムカついて、何故サト8にはムカつかないのだろう? むしろ大好きだし。
異聞はダメでサト8がアリな点を、少し考える。
この二作品の、「八犬伝」のつく位置を見てみよう。

異聞はこう → 八犬伝 -東方八犬異聞-
サト8はこう → ネオ里見八犬伝 サトミちゃんちの8男子

見ておわかりの通り、サト8の場合はサブタイトルと言うか、アバンタイトルとも言えるところに八犬伝があるのである。
「魔法少女まどかマギカ」で言うなら「魔法少女」 「美少女戦士セーラームーン」で言うなら「美少女戦士」 「天元突破グレンラガン」で言うなら「天元突破」 「革命機ヴァルヴレイヴ」ならば「革命機」の部分に当たる。ヴヴヴ見てなかったけどたまたま頭に浮かんだだけである。
サト8のことを指す時は「ネオ里見八犬伝」を省略してしまってもよいのである。普段私は省略している。更に「ネオ」と冠がついているだけあって、「これは里見八犬伝の現代版、アレンジですよ」とわかりやすく伝えているし、つばさ文庫のサト8特集ページには「里見八犬伝って??」という小コラムがあり、原作の読書へと、小中学生の若き読者達をいざなっている。とても親切であるし、サト8六巻完結をもってつばさ文庫版八犬伝もリリースしている。
ところが異聞はどうであろうか。「八犬伝」が正タイトルであり「東方八犬異聞」はサブタイトルの位置である。正タイトルの位置に「東方八犬異聞」とだけおけばよかったのに、さも原典であるかのように堂々と置いてあり、「東方八犬異聞」の方は大体において省略されているのである。

以上のことから、どうやら異聞は堂々と「八犬伝」とタイトルについているところに一番の問題があるように思える。
これさえなければ良かったのだ。「東方八犬異聞」、これで立派にかっこいいタイトルではないか。ところでアニメで八犬伝ものと言えば「神八剣伝」があったが、あちらはまずタイトルが「八“剣”伝」と犬に剣を当てているし、作風もSF、八犬伝とは少しの設定や名前を借りただけのオリジナル作品であることが容易に伺えるので大丈夫である。また「THE 八犬伝」並びに新章は、こちらは原典に比較的忠実に作られているOVAであるし全然大丈夫である。THE八犬伝がきっかけとなって馬琴の八犬伝に興味を持ったと言う方は多いだろう。
他の作品だと、私がこれを越える八犬伝二次作品はないと思っているほど大好きな碧也ぴんく先生の「BLIND GAME」も“ニューエイジ”八犬伝であるし、「伏」シリーズの原作である桜庭一樹の作品の方も「伏 “贋作”里見八犬伝」としている。他のパロディにしてみたって「アイドル八犬伝」はタイトルにだけ使っているだけで全然関係ないが、「アイドル」とついてるから何となく「ああ馬琴のそれとは関係ないんだな」とネタとして笑うことが出来る。最近リリースされたパチンコ作品の「龍玉八犬伝」は苗字は共通しているがキャラクターの名前は違う。性別が違うものもいる。龍玉、と八犬伝の前に冠がついているように、オリジナルっぽい要素がついているからこれは八犬伝をモデルにしたオリジナルの何かなんだろうなあ、とわかるはずだ、と思いたい。

もう一度書こう。
例えば、三国志ものとか戦国ものとか幕末ものとかは、例えば女体化とかイケメン化等、どんなにすごいアレンジのきいているものであっても、遡って史実に当たったりする人が多いし、そこからまた別の作品にハマってくことだって多い。史実そのものを好きになって歴史を勉強したり、実際にその土地に行ってみる、ということもざらにある。
しかし異聞には、その展望が全く見込めないのが問題なのである。 別の八犬伝二次作品に行くとか、原典に行くとかといった展望が。

先に異聞と馬琴の八犬伝は別物と書いたが、ストーリーが別物ならば、キャラも相当に別物だ。一見そうは思えないが、そうなのである。
異聞の信乃たちは、複数の作家たちに共有される、いわば一種のシェアードワールドにある八犬伝の信乃たちとは全然違うからだ。ぱっと見似ていても全く違う。たとえ本質が似ていても【八犬伝】の信乃と【異聞】の信乃は全くの別物だ。異聞の信乃しか知らなくて、馬琴の八犬伝も異聞のようなストーリーだと思ってて、そして原典に当たれば、その人の求める信乃はそこにはいないだろう。
で、「異聞の二次を楽しんだり創作する上で原典を当たる必要はない」と判断されるのである。
当然だ。別物なのだから。
勿論、八犬伝を知っていれば異聞にある小ネタにおっ、と思うこともある。だがそれは馬琴の八犬伝→異聞のルートを取った時のごくごく微量な小ネタであり、異聞→馬琴の八犬伝で得られるものは、どうだろう? たかが知れてると思うのだ。
だがこれは私の好きな八犬伝を元ネタとする作品「るいは智を呼ぶ」にも言えることである。るい智を楽しむ際に八犬伝を知っておくと微量な小ネタに反応したり、犬士を当てはめいろいろ楽しむことは出来るが、るい智→馬琴の八犬伝で得られるものだって正直たかが知れている。
だが異聞と違い、るい智は“八犬伝”を冠してるわけではないし、公式からも八犬伝を強調して宣伝したことはないのである。

そう、何度も繰り返すことになるのだが、やはり異聞の最大の罪は、タイトルに堂々と【八犬伝】を冠してしまったことなのである。

それがそもそもの間違いだったのだ。そして異聞はさらに厄介なことに、巧妙に、別の言い方をすれば“中途半端に”原典のネタを上手く流用してしまったが故に、「これは八犬伝ではない」と言い切ることが、出来ないのである。

1・八玉がある。村雨がある。
2・仁(しのぶ)を除き、全員が原典と同じ名前であり、苗字で言えば全員同じである。
3・大塚村に信乃・荘介・浜路がいた。小さい頃信乃は女装をしていて、四白と言う犬を飼っていた。
4・小文吾と現八が義兄弟である。
5・道節と浜路が兄妹である。
6・犬神として八房が存在している。
7・伏姫と玉梓が存在し、何やら因縁がある。
8・毛野が女装で旅芸人の一座にいて仇を狙っている。
9・ゝ大法師がいる。
10・信乃と現八が屋根上で争い、川に落ちる(芳流閣の見立て)
11・場所が違うものもいるが、体のどこかに痣がある

他にも雛衣の存在や沼藺の存在があったりするわけだが、なるほどこれだけ見ればよく出来た八犬伝ではないか? と思うが、強調しよう。別物である。原典には教会やら帝都やらメグやら五狐やら蛇神やら猫神やら四家やらもいない。ほかにも一杯違う点が挙げられるが、違う点が一杯ってことは、違う作品である。やや暴論だが。
確かに、上記した通り、ファクターはあまりにも八犬伝である。だが何度も言う。異聞は八犬伝ではない。異聞は、あくまで東方八犬異聞という独立した作品なのだ。むしろ里見☆八犬伝の方が角川と同じように、大分違ったものだがまだ八犬伝していると言える。
「八犬伝」という看板を掲げながら、異聞は異聞でのみ完結してしまっている話なのだ。これこそまさに「羊頭狗肉」ではないか。いや「犬頭羊肉」になるのか? 犬を看板にしてるのだし。
実際私は、異聞のアニメを原典の八犬伝のアニメだと思っていた人を、ちらほら見かけていた。全然違う! 違うんだ! そう熱く語りかけたかった。異聞から馬琴の八犬伝に入ってくれるなら嬉しいことだが、馬琴の八犬伝を混同されては困るのである。

何を書いても何を言っても、原典厨のひがみであり、せんないことでしかないとは私自身重々承知している。
異聞の好きな人は異聞にのみ言及してればいいのだ。異聞にしか言及していないのだ。私みたいな一介のただのオタクがこんなことを思っているなんて、果てしなくどうでもいいことなんである。
そうだ。そうだ。楽しんでいる人達にとって「馬琴の八犬伝なんかきっとどうでもいい」んである。ただアイテムや設定を借りただけ、おいしいところを抜いただけである。「八犬伝」と掲げながら!

雑誌「ぱふ」2006年10月号のあべ美幸氏はインタビューにおいて

「犬が好きだから(八犬伝モチーフにした)」
「八犬伝と言うと角川の映画しか知らなかったくらい」
「話をしていたとき、「八犬伝なんて面白いんじゃない?」と言われて」
「原本が読みにくくて(笑)馬琴の原本はやめて現代語訳を読んだんですけど、それにしたって…と言う感じで(笑)」
「とにかく話が広がり過ぎて、わかりづらいんですよ」
「(馬琴の八犬伝からどの程度要素を拾おうと考えているか)キャラクターとそれにまつわるしがらみ」
「そもそもが「八犬伝」についてそれほど詳しくないので、ときどきマニアの方からお手紙をいただくんですけど、もう、本当に申し訳なくて」
「実は「八犬伝」の中で玉の存在をあまり重要視してなかったんです。(中略)途中で「八犬伝といったら玉だよね」と人に言われて、「えっ、玉なの!?」っていう(笑) はじめは痣くらいしか意識していなくて、途中から付け加えたものなので、重要性をプラスさせなくちゃいけないんですよね(苦笑)」

などなど発言している。
それほど詳しくないなら「八犬伝」とマニアから誤解を受けやすい安易なタイトルなぞ付けなければよかったのに。上を抜き出していて心底ムカついてきました。
なるほど、原作者がこのようなのだ。抜き出していてむかつくと同時に、失望感を伴う虚脱感が襲ってくる。
異聞はこうなのだ。馬琴の八犬伝、それは形だけしか存在しない。
馬琴のそれは食べられてしまったのだ、美味しい部分だけ。
故に異聞から馬琴の八犬伝にいく人は少ないだろう。いったらいったで、それなりに悲劇の連続でもある八犬伝に嫌悪を示す人もいるだろう、最初の私のように。

アニメ第二期は勿論見るし、コミックスも買っていく。話は嫌いではないのだ。異聞のアレンジの仕方は上手い。ストーリーも引き付けるものがあると思う。
だが上記の理由において私はこの作品を心の底から好きだとは言えないであろう。嫌いではないといいながらも、好きでもないだろう。どこかで軽蔑するだろう。「八犬伝」を冠し、巧妙に化けてみせたこれに、次世代の八犬伝好きを――「馬琴の八犬伝」好きを育てることなど、到底お門違いにしか思えないから。

「八犬伝 -東方八犬異聞-」は、ひょっとすると馬琴の八犬伝好きからすれば「害悪」にも等しいのかもしれない――そんなことを思いながら、ここ一週間ばかり腹に溜めていた複雑な想いを素直に記し、幕を閉じるとしよう。
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コメント
-  -
まいどです。
aikoLLP16はおそらくFOBで当ったらしく、ロック6を除いて、3ツアーに参戦出来る幸運者です。
ところで、全然話は変わりますが、たまきさんに質問というか・・・

「東方」って何ですか・・・同人誌?ゲーム?ネットで調べてもイマイチわからない・・・
なぜ、私がこんな質問をするかと言うと、最近「LIGHTBRINGER」と言うバンドに見事にハマりまして、
そこのボーカルのFuki嬢が通称「あんきも」なるバンドのボーカルもしてまして、
そこに「東方」という文字が頻繁に・・・
金沢でも「金沢東方祭」なるイベントが行われてるようで・・・
なにがなんだか良く分からないと言うのが正直なところで・
たまきさんのこのブログにも「東方」って出てきますよね。

関係あり???

もしわかるようでしたら、こんなおじさんにでも解説していただければ・・・
勝手な質問ですみません。
ちなみに来る15日に東京へ「LIGHTBRINGER」のライブ参戦してきますんよ。
2013/07/13 00:44  | URL | たっかん #D4N.7j5I[ 編集]
- はじめまして -
こんにちは!通りすがりですが、コメントお許しください。
読んでいてとてもお気持ちわかりました。
ですが、私は実はそのごく少数の異聞から八犬伝へ興味を持った一人なのです。
正直あべ美幸さんのコメントの部分は読んでて苦笑いでした(^_^;)害悪と言われればそうなのかもしれません。しかし、文学離れする現代の若者が多い中、こういった作品はもしかしたら私のように元の作品に興味を持つキッカケになるかもしれません。ですので、そう悲観することばかりではないと思いますよ!
それでは長文駄文、失礼いたしました。
2013/09/16 18:49  | URL | #DHn30Ws6[ 編集]
- No title -
心の底から同意します。幻想水滸伝も同じ理由で駄目です。私はあべ美幸の八犬伝は八犬伝と思わないし全然感性が受け付けませんでした。なんか気持ち悪い。こちらでぱふでのコメントを知り納得しました。
2015/02/11 17:30  | URL | いろは #-[ 編集]
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