それが運命なのだから? 【舞台・里見八犬伝感想】
2014/11/29(Sat)
運命ってなんだー!? ごきげんよう、中の人です。公演の方も残すところ今日の北九州のと大千秋楽の舘山公演を残すのみとなりました、八犬伝のお舞台。それの感想でございます。私が都会に住んでいたならあと一回は見に行ってただろうなー そしたらもうちょっと感想にも深みがつけられたかなーと思うのですがさてどーだか。
あ、そうだ。夜公演はお譲りいただいたチケットでして丸山さんのブロマイドもらいました。この作品の大角さんは結構好きな大角さんでした。
それにしても珠でかい
しかし珠、でかいな…持ち運びが不便そうだ…。そういえば信乃が珠放り投げてたけどあれは原典ネタだったのだろうか。んなわきゃないな。

以下、感想をだらーっと書いてます。ウソ偽りなく全て自分の素直な気持ちでだらーっと書きました。ついったのぬる宛のツイートのまとめ的な感じでもあります。話が繰り返されてたりあっちにいったりこっちにいったりもしてて読みにくいかも知れませんがご了承くださいましー。



初演の2012年版の方は、公演があること自体八犬伝読み終わるまで知らなかったくらいその当時八犬伝アンテナは低かったのですが、読了からの怒涛の八犬伝熱の上がりようアンテナの立ち様と言ったらなく、当然その公演のこともキャッチ出来ました。けれどー、舞台を見に行くためのスケジュールがもうその時点で組めなかったのです。んー今思えば大阪公演くらいなら行けたかも知れないんですけど。何故行かなかった(ダンダン 行きたかった行きたかったと過去何度も書いてます。
自分的ブームの真っ只中にあるのにそれが主題となる公演を見に行けないっつーのは非常にクヤシイものでして、脚本が酷かった等々の感想が目についても「私だったらそんな風には思わないわ!」と羨ましさ八割強がり二割で思ってました。犬士達なぞ本来どうしようもないクズの集まり(誰とは言ってない)(全員とも言ってない)であるから喩え珠の字と相反するよーな輩達でもどんな八犬伝ものもだいたいは美味しく頂けると自負している自分の前におそれるものぞあらんや! 的な。ということで再三再演なり、映像化なりを願っている内に時は流れてはやもう2014年。八犬伝刊行200周年のメモリアルイヤーでございます。初夏くらいに八犬伝再演のニュースが舞い込んでわぁい♪となりました。わぁい♪
敢えて強調して書くのですが脚本に関しては「ひどい? またまたご冗談を~w」くらいのノリで構えていて、私の嬉しさポイントはむしろ「八犬伝と言う古典にこんなにも大勢の人が見にきてくれる、携わってくれる、八犬伝、と言う言葉を誰しもが口にする、してくれている!」と言う事態そのものにありました。どうですかこれが万年枯渇している沼に生息している奴の生態なのですよ(何

ではここから感想本番。前書きにも書きましたが主に公演後のツイートのまとめとなることをあらかじめご了承くださいまし。
ネタバレなしであくまで印象だけの話をすると、「なんかいいこと言おうとして大風呂敷広げたはいいけど上手く畳めなかったぜー! でも不条理感あってなんかいい芝居だろー?」と言う感じで、私はこの一言がいまんとこ一番的確にこのお芝居を表現してると思ってます。
ええとね。着眼点や各種ポイントはすごくいいと思うんですよ。珠の字がそれぞれの欠けているものだとか、皆一筋縄じゃいかないような奴らだっていうこととか、玉梓が実はいい人で、だけど夫の義実に裏切られて怨霊になっちゃった、とか、浜路をめぐる信乃荘助の対立とか、その辺見るとおっこれは私の好きそうな八犬伝だな!って思うんですよ。でもなんていうか、料理の仕方があかんかった。繋げ方が悪かった。素材やアプローチの仕方は良かったけど昇華し切れなかった。今一つ踏み切れずに(それこそこのお芝居の信乃のようにぐだぐだとしていて)大した感慨も残せずに終わってしまった。そんな感じ。「これらをどう上手くまとめてくれる? どういうカタルシスを私に齎してくれる? 私は見終わった後この作品からどんなプラスの感情を得ているかしら?」そういうわくわくがあったんですけど、なーんかそんなのが全部ナシになっちゃったんですね。
それは多分主人公の信乃が答えらしい答えを見つけられずに独り取り残されて終わってしまったのも理由にあると思う。残された珠を見せて「何が見える?」なんて、観客に問い掛ける。おそらくそれぞれの胸に浮かんだものが答えなのかも知れないけれど、私はモヤモヤとしたものだけ、言葉になりきれない陰のある形ないものしか浮かばなくって全然清らかなエンディングを迎えられたようには思えなかった。気持ちよくカーテンコールを迎えたかったのに内心「なんだかなあ」「なんだこれ」って思いながら私は拍手していました。(なお脚本、シナリオがどうであれ役者さんの演技は素晴らしかったので、そこは惜しみなく拍手を贈っていたつもりです)

信乃は喚いて喚いて、喚くだけ喚いて、私が見る限りではこれといった着地点を見つけられないまま終わってる。運命なんて、と投げつけておいて、「おおっ、信乃良く言った」と思わせておいて、なのに最後「生きなさい信乃。それがあなたの運命なのだから」と伏姫に突き放されたかのように言われて終わる。なんだこれ。
もやもや。もやもやは残ったまま。このモヤモヤは作品の中で昇華されるべきではなかったのではないか? それとも私に理解力がないだけか? と、私はしばしば自分の方に非があると思うのだが……どうなの? どうなんどうなん? そんな風に思いながら二回目を観劇した。大阪千秋楽の夜であった。

自分もツイートを遡りつつ再編集していくことにする。
着眼点はいいと思うのですよ。それぞれ欠けているものが珠っていうアイデアは素直に面白いと思いましたもの。それに彼らはだいたいろくでもない奴らの集まり、言ってみればアウトローな連中ですから、別に破天荒な八人であってもいいと思う。それ自体は新しいわけでもないし(と言うのは忍法八犬伝を思い出したからで)
ただ本当に欠けているのかぁ? とはしばしば思う。この作品の小文吾と大角、それぞれ悌と礼が欠けているとは思えない。荘助も義がないとは思えない。単に、別に欠けてないのにただ伏姫に言われるままに信じてしまって、「自分のはそれが欠けているナア」と言う自覚(嘆き)が出来ただけではないのか? また信乃の親殺しのことにしたって、最初に出てきただけであってそれが大きく物語あるいは信乃に影響しているようには見えない。珠に浮かぶ徳がそれぞれ欠けている。それが個々人によって差がある。あくまでそんなのは「設定」レベルでしかないのでは。むしろ「設定でしかない」から薄っぺらく感じるのかも知れない。八犬伝原文を少しでも読んだことのある人はおわかりだと思うが、実にこの作品、孝孝孝孝超絶うるさい。正直、八犬伝前半は孝の呪いか暴力でもって縛られているようなもんだと思うくらいである。それくらい信乃と言う犬士のアイデンティティに深く「孝」と言う徳は根付いているのであるが、このお芝居の信乃は時々思い出したかのように親殺しがどうのー、と言っている程度であって、実にペラい。もっと物語に深く関わってくるなら、おうっと思わなくもないが、孝にしろ何にしろ、信乃には何も持ち合わせがないのである。生きる意味を問い続けているだけで、どうにも煮え切らない。見ててイライラした人は相当いるんじゃないのか。

八人が揃って戦いに向かって、一人、また一人と想いも虚しく死んでいく。この辺は多分角川の八犬伝を踏襲したのだと思われるが(確か深作監督の息子さんがこの舞台の脚本か演出でしたよね)八人揃って何らかの解決を導き出すこともなく、それぞれ後悔を口にしながら散っていく。その都度信乃の持つ珠に無念とやらが吸い込まれていくのだが、それについてはまた後にしておいて、そうなのよ。八人揃って何もないのよ。何の成果もー!得られませんでしたー!って感じなのですよ集めておいて集まっておいて。ただそれぞれの命をまるで生贄に捧げるかのようにして南総を巣食う瘴気とやらを取っ払っただけで一応はめでたしめでたしの形にしているようではあるのだが、彼らの想いは報われることはなかった。そう。無念なり……ってやつよそれこそまさに。そんなのぜんぜん! ハッピーエンドぢゃないぢゃん! これ見て喜ぶ人ってどんだけマゾやねん!! あるいはどんだけサドやねん!!
……なんなんですかね。それぞれ虚無的な終わり方にしておけばいいとでも思ったの? それだと作品がなんか高尚に見えるとでも思ったんですかね? ほら八犬伝は昔から多くの創作者を魅了するジャンル、素材でありますし、やっぱ私が最初に書いたように大きいこと言おうとして広げてみたけど~! って感じだったんですかね。気持ちはわかるよ、八犬伝だからなんか大きいこと言わなくちゃいけないって言うのある種の強迫観念としてあるよね、私もずっとあるもん。で、既存の作品を壊したろやないかい~みたいなのが新しくていいみたいに思ったのかも知れないけどそんなのそれこそ明治の昔坪内逍遥の時代からやっとるっちゅーねん! ……って筆に任せて書いてたらなんか。方向が徐々にブレてく。ともかく、「考えさせられる作品」と「中途半端に投げっぱなしである作品」ってのはまるきり違うんだべ。

んー。振り返ってみれば犬士にしろゝ大さまにしろ義実にしろ、典型的なダメ人間だらけであった。要するに、「物語の八犬士達みたいに完璧な人間なんてどこにもいない」……そも、珠はそれぞれの欠けているものというのもそのことを表してると思うんですよ。Nobody’s Perfectって鳴海荘吉が言ってた。みんなそれぞれ後悔してたり無念を背負ってたり焦ってたり悩んでたり迷ってたりするんだよ。……ってゆーことを言いたかったんだと思うんですよね。かなりざっくりシンプルに捉えるとね。でも例えば着地点として「それでもいいんだよー」と言った“赦し”あるいは“承認”であるとか「でも頑張って生きてるじゃん、すごいじゃん」と言った“賞賛”であるとか、そういうものにちぃとも至れていない気がしたのね。単に現象としてあるだけ、みたいな。で、実りのある答えを得られないままに皆死んでく。頼れる仲間は皆目が死んでる。ええい、どうしてこうならなくちゃいけなかったのだっ! こんな得られるものの少ないただただ辛いもん見せられて結局見てるこっちがダウナーになるだけじゃんか! 私の大好きな犬士達をこんな風に雑に扱われてよいものか! よくない! 私がぺえじのねたとかでギャグにするのとは全然わけが違うんだぞお!

しかしなぜこうももやもやを感じるのかちょっと考えてもみよう。ラストシーンに大きく問題があるのなら、そこにいる誰かに理由を求められないか。信乃以外の誰か。そう、伏姫。
考えてみたら伏姫だけこの作品の登場人物の中で極めて「わからない」人物じゃないでしょうか。と思いちょっと整理してみたのね。ツイートから引用。

義実←疑心暗鬼?で妻も疑うようになった (わかる)
玉梓←夫から酷い仕打ちを受け絶望、怨霊化 (わかる)
ゝ大←妻子いるけど伏姫さまぐへへ (わかる)
伏姫←何らかの怪電波を受け運命なのだからbot化 (!?!?!?!わからない!!!!!!)

発端の関係者である義実、玉梓、ゝ大の背景はそれぞれわかる。ろくでもないなと思いながら、わかる。一応の道筋は辿れる。理屈は通っている。ところが伏姫はそうじゃないのだ。房との幽閉生活であかん電波を受信してああなってしまったんだろうか……?
伏姫がわけわからないからこの舞台おかしいんだ。モヤモヤするんだ。あくまで推測だけどジャンヌダルクみたいに神(八犬伝に即して言えば役行者でしょうね)の啓示を聞いてから八房と気の交わりがあって八つの珠を宿してそれを手にした子が里見を危機から救う(あるいは原典風に言えば里見の為になる)みたいな背景があった? のだろうか。じゃあそれ書いてよ! わかんねえよ!
ええと、時系列を確認してみよう。

義実玉梓を疎み始める
伏姫八房と共に幽閉
玉梓謀反の疑い(濡れ衣)
玉梓、伏姫の現状を知る。激怒し犬神に身を捧げ怨霊化
伏姫、大輔に撃たれて八玉世に出る
(少なくとも十年の間)
義実病に

で、大崩はどのタイミング? 玉さん怨霊化の辺りかしら? 多分大崩は怨霊化のタイミングですよね。怨霊になって大崩が発生するとして。でそれが起きてとんでもねーことになりつつあるので自分の中にある珠を放ってそれを持った子が何とかしてくれるらしーと言う啓示を役行者から受けた伏姫は自分で腹を――斬ってねえわwww!!!!! 大輔が撃ったんだ。
ん? でも大輔が撃たなくちゃいけない必然性ってどこにあるの?? ねえどこにあるの?? 別に原典通りふーは自分で腹切ってもよかったんじゃないの?? ねえねえ?? (書くのが遅れましたが玉さんは玉梓、ふーは伏姫の自分内愛称です)
確かに伏姫は原典でも姫神として犬士達を見守る立ち位置にいて、(なお後半になるとどんどん出しゃばってくる)他の多くの二次作品でも犬士や他の人物を超越したポジションにいる。それは全然構わないんだけどもよさー、だからって行動や言葉がわけわからん人物にするのはいかんと思うのよ。原典でさえもあんなに尺使って伏姫の苦悩を描いてるじゃん。(第七回~第十三回。この辺、もしくは第一回から第十三回までを伏姫物語と呼びます)この舞台でもそれが出来たはずですよ。尺足りなかったのかも知れないけど。でもせめて「神のお告げを聴きました」的なセリフとかがあっても良かったんじゃないかな。もしくは伏姫が少しでも人間的に苦しみ、悩むような表現でしょうかね。
いくら神的ポジションにいるからといって、物語の進行に都合いいことばっかペラペラ抜かすのが一番戸惑うわけよ。観客が理解できないところにいられたら困るわけで。その戸惑いや不条理を「これぞ芸術」「文学的」とかで片付けるのは、それは作者の怠慢であり傲慢ですよ。って偉そうに書くけど書かせてもらうわいこちとら交通費合わせて四万近くはらっとるんじゃい(急に視点が下世話になったな)
うん。以上のことを考えると、この物語から浮いて見える伏姫は登場人物ではなくもはや「装置」でしかない。血が通ってない。講談師の神田真紅さんが14日の公演を見た際にまどマギのキュウべぇに置き換えてたけど本当にそんな感じです。伏姫こそが世界の「不条理」を表してるんだ。掌の上のうちらのあがきを高みの見物よろしく見てる。
(……大体さいろんな八犬伝話で伏姫が超越的存在として書かれてるのも大概都合良過ぎんだよね。玉梓が元凶として機能するのも同じように都合良過ぎ)
この作品は玉さん善人で被害者で可哀想><で玉さん好きの私には好評なところもあったけれど伏姫も好きな私としてはなんじゃこの無機質伏姫はァァアメカ!?おまいさんメカかな!?ってくらい伏姫が物語の進行の為に都合のいいbotでしかなかったのではっきり言って非常に激おこです。伏姫だってなー! ちゃんと人間じゃったんじゃー! ちゃんと悩んでたんじゃー! ばかやろーー!!!

最後のシーンでビンタくらわされて( ゚д゚)ポカーン となるような舞台だったのですがそれは何でかっていうと、「運命なんてそんなの知らない!くそくらえだ!」っていう解決(そう、形は整ってないながらも、未熟ながらも、これはこの作品に欠けている「解決」の要素!)を得たはずの信乃だったのに、最後一人残って伏姫に「それでも生きなさい信乃、それがあなたの、運命なのだから」って、( ゚Д゚)ハァ? ってなりますよね。なりません? 私正直落語みたいなオチだなって思ったんですけど。何て言うんだっけなこれ、ああそうだ「まわり落ち」ってやつ? それは最初に戻るオチか。そこから抜け出せたかと思ったら抜け出せてなかった、あ~あ、っていう感じで、これはでも、落語より酷いと思うぞ。ちょっと「オチ」のwikiを読んでてデウスエクスマキナのwikiのリンクを見つけたんだけど、もしやこれに近いのでは。神が登場して強引に終わらせる(ざっくり)ってやつだけど、ねえ、どうよ。

ここからツイートの再編集。
よくいろんなところで書くんですけど、犬士として選ばれたこと(運命と言い換えてもいい)に対して「こんなもの望んでなかったのに」っていう八犬伝ものがすごーく好きで(例:るい智・BG)この舞台もそのタイプだから、八犬伝ものとしてのやり方としては好きなんですよ。あらすじだけ見れば、うん、面白いと思う。(その望まれないものを得てしまった、ある意味では異形の者達が各々の葛藤や衝突を経て絆を育んでいくっていうのが、現代における八犬伝ものの、よく繰り返されるテーマ、手法だと私は思っているのね)
誰かの所為にしたくなる気持ちもわかるし、憎むべきは世界なのだよ。世界は私達に全く優しくない(「だから、この世界こそが呪いだ」by玉梓from最後の希望の物語)運命はいつだって問答無用。それでも生きなければならない。あるいは生きてたいと思う。
それは何でかっていうと、これが現代以前だったら「何かなすべきことがあるから」ってことになってたのかも知れないけど、本当はそうじゃなくて、もっとシンプルな話で、希望があったり、夢があったり、友達がいてくれるからよね。今回の舞台も(それが安っぽい解答であろうとも)そういうところに落ち着くべきだったんじゃないのかなって私思うのね。震災以後の日本を暗喩しているのであればなおさらだとおもうのよ。別に大義(M&O八犬伝じゃないけどさ)の為に生きてるわけじゃないんだよ。そんなんに振り回されるのはかえって人間の尊厳を奪ってるもんじゃん。
着地点を運命ナノダカラーにしてるのがおかしいのよ。先に書いたことと重複するけど、運命なんてそんなもんくそくらえだー的なことを信乃がその前に言ってるのになんでそれを戻すがん? だから落語みたいなオチだな、いやそれより酷いオチだなって思ったのよ。主体的に生きたつもりが誰かの掌の上でしたって、こんなもん結局頑張ったっておまえらの人生に意味などなかったのだよ、全ては仕組まれていたことでした~☆ って話じゃん。私は犬士らがそれぞれ悩んで選び取ってきた人生に意味がなかったなんてこと思いたくないし、どんなにクズな男(信乃を見ながら)でも本気で貶めようとは思わないよ。
うーむ……信乃が自分から(みんなの無念を背負って)「生きてやる!信乃くんは、死ーなへーんでー!」(ガキ使の山ちゃん風に)って終わりならまだ良かったかもだけど、信乃が打ちひしがれてる時に伏姫が出てきて「UNMEIなのだからー」って言うから……(^ω^)って顔になるんかな私…
一回目の観劇の相方だった盟友ぎゃばん師は「超越意志みたいな、神のように人格をもってなくて、もっとただよう力みたいなものに翻弄されて、みたいなのはSFではよくあってイデオンとかジリオンとかアニメでもやられてる。そっちへいくと自己発見の話になるしかないんだよ」って仰ってたんですが、信乃はその自己発見(私がさっきから書いてる解決とか答えってやつだな)すらも出来てなくて、最後まで泣き言言ってるクズでしかなかったんですよね……

あと珠に集まっていく無念、無念の働きについて。
信乃の珠に集まっていくそれ。怨念を浄化する、因縁を払うのになして「無念」なんていうマイナスの感情なんだろう?? これ見てた人疑問に思わなかったのかな? ふつうそこは希望であるとか、とにかく熱い想いが妥当なんじゃないの。この作品が震災後の日本を暗喩しているなら、さっき書いたこととまるきりだぶるけど、やはりそっちの方が適していると思うのです。無念を「叶わなかった希望」「絶たれた夢」「報われない祈り」の別の言い方として採用したのか?
犬士達はそれぞれ大なり小なり後悔して――まさに無念を抱いて――珠を砕かして死んでいってく。最後一人残された信乃のもとに来てやすらかーな感じで去っていくのも謎だな。重い枷をおのおの嘆くだけ嘆いて信乃に押しつけてじゃーねーノシ って感じにも見える。
ポジティブな言葉で表現したら作品が安っぽくなるとでも思ったんだろうか。なまじ八犬伝だもの。確かに権威のある古典作品で、刊行当時から現代に至るまで、形を限定しない、おびただしい程の八犬伝の再演がなされてきたのだから、その中で新しいものを作ろうとした(のかな)心意気は認めるにしても、それだってもう少し上手く出来なかったものか。八人の珠は各々のアイデンティティであり珠あっての八犬伝と言えるところもある。もう少しモチーフとして大事に扱えなかったのかしら、それこそ「無念」としか言いようのないものが私の中にとぐろを巻いている。
それに最後、土の中に埋めていくのもなあ……エエエ携えていくんじゃないのかよエエエってなりましたよ。そこは信乃が持ってこそなんじゃないのか……肥やしって うん まあ…あれだ、THE 八犬伝で村雨丸海ポチャする信乃を思い出した

ええい。感想としてまとまらない。この時点で原稿用紙20枚書いてるぞ。
いっそ実況でもするように時系列順に感想というかつっこみを書いていければいいのに、一応観劇中メモをとってはいたが、わざわざ読み返してああだこうだ言うのもナアー。もうこれだけ書いてるんだからこれ以上不満書かなくても。

少しはよかった点を書こう。この舞台、信乃が主役なのに村雨丸が一切出てこないところは非常に新しいと思いました。最近の八犬伝ものはもはや信乃というより村雨丸ありきなところがあって、ぶっちゃけそんなもてはやされるほどすごい刀というわけでもないのに、どんどんどんどん過大評価され付加価値が増大していってる昨今だというのに。いや、でも逆に村雨丸出てたとしてももっとつまんないことになってたかもわかんないな……
親兵衛が可愛かったのですが私はあれくらいクレイジーな親兵衛をマジで愛します。神様に育てられた子供は傲慢であるはずですよ。というか神様は人間のことなんかわからないので(この作品の伏姫が一貫して人知を超えた存在としてあることがまさにそれ)人の心なんてわからなくて当然ですね! 以前ぺえじの親兵衛所感で書いたと思うけど、親兵衛列伝は神の存在である親兵衛がいかに人間になっていくかっていう意味合いもあるんじゃないかなってちょっと思ってて、それは私の好きな物語類型に合致するので(神や人ならざる者が人と絆をはぐくむことで人間になっていく、という物語)わたし結構親兵衛好きだろ?? って思いました。別に嫌いだとは思ったことはないかも。
まー今回の親兵衛はとにかく美少年わっふるわっふる!!! だったのでお持ち帰りしたいくらいでした。カテコでもずっと高杉くん見てたわ……でも親兵衛の最期の言葉がよー。君たちは「楽しい」と思えるほど一緒にいたのかね???? って思ったんだな。唐突! ……は? って思ったね。

いやーもっといいこと書こうと思ってるのに、おびただしいほど出るわ出るわ不満がよ。見終わった第一声を私は出来るなら「面白かったね!」にしたかったのに、それが出来なかったと言うストレスよ。

各犬士についてでも書こう。親兵衛はもう書いてるから、一番のひいきである毛野ちゃんと大角さんについてでも。毛野ちゃんは前半女子、後半男子での登場で一粒で二度美味しいみたいな、実に犬坂毛野でございました。大崩と言うピンチをチャンスに変えようとしている野心家であるところもすごく好き。その傲り故に命を落としてしまうと言う皮肉もきいてました。これは欠けていると言えたんじゃないかな。まともにね。あとこれはすっごくどうでもいいことだけど演じてる方が玉城(たまき)さんだから余計に嬉しかったね。
大角さん。中の人はキョウリュウジャーのウッチーだー それはおいといて病弱な大角さんだからよしむらなつきの大角さん思い出した人はどれくらいいるだろうか。昔はワルだったのがわりと信じられない。最期は圧巻だった。それぞれの散り際がみなさん気合い入ってるところなんだろうけど大角さんのが一番見入ったね。でもあの大角に礼が欠けているとは思えないんだよね~~
現八。休憩の時ぎゃばん師からギャバンやってたよこの子って教えてもらいましたがそこのメイキング等のオフショットでも中の人はおちゃらけたキャラクターであったようで、今回も犬田村のところのアドリブと言う(たぶんこの舞台唯一の、まるで清涼剤のような)笑いどころでもそれがありありと見てとれましたね。千秋楽カーテンコールで松田さんつっついてたの可愛かったので何らかの形で残しておきたいw 衣装や佇まい、言動なども私の好きな現八のタイプだったので、お気に入りです。最後皆で去ってくところ、一人手ぇ振ってるのも可愛かった。
道節。うわあああああ道節のくせにかっこいいとかああああ(何 すごいかっこよかった。あ、外見的な意味でな! ああまあキャラクター的にもかっこいいっちゃかっこよかったけど。自分が犬士であることを知ってるから八人そろわない、みたいに言うのかなー、るい智みたいだなー、と思ったら違ったよ。でも敵方にいる道節って好きだ。しかし直前にその日放送のハピネスチャージプリキュアを見ていた所為でファントムかと思いました……言動がよ
親兵衛。もう書いただろ。いえいえとにかく外見込み性格込みで理想の親兵衛だったので観劇メモにはたくさん親兵衛きゃわいい~~!!!!って書いてあります。すごいな高杉くんミッチはぜんぜん好きじゃなかったのに。12年の舞台の方では房八だったんですね、びっくり。房八が親兵衛になるなんて胸熱すぎる…! 髪型とか衣装とかツボでツボで、例えるなら牛若丸みたいな感じでしたね。伏姫の祠から離れるところで親兵衛だけちょっと遅れてじーっと伏姫見てからぱたぱたぱた、って上手袖に行くのが可愛かった。そういえば人が死ぬのなんて運が悪いかどうかって台詞、M&O八犬伝の親兵衛も似たようなこと言ってたなあ。確か選ばれてるかどうかだよって。
あとの三人は……いいや いやよくないだろ! 荘助は信乃との浜路を巡る争いがあるのがよかった。信乃へのコンプレックスが現れてるのはTHE八犬伝の荘助を思い出すんだけど。本当は緊張状態にいるしのそうってすごく好きだな。信乃は……信乃はなー。山崎さん来年の朝ドラ(石川舞台の「まれ」ね)に出るからあんまり悪くいいたかないんだけど、あんまり声が好きではなかったので(身も蓋もない書き方)正直苦痛だった……ってことくらい書いてもいいよね個人の感想だもんね。なんだろうね、声の感じがねえ。小文吾ノータッチであるよ。小文吾の印象薄いのか。
浜路は悪堕ちした浜路がすごーいかっこよかった!あのアクションすごいわー役者さんは新体操か何かをやってらしたのね。誰も本当に私のことを愛してはくれなかった/奪うことが出来れば私じゃなくてもよかったって言うのも、ああ…浜路だなあ…って思った。信乃も荘助も結局は自分のことばっかりじゃわい。あとそれと荘助が浜路と共に死ぬのって序盤の伏線回収だったんでしょうか…
玉梓と伏姫は一人二役で私的においしいかも。伏姫のあの冠は多分新八犬伝の伏姫に似せたんだろうなあ、と思う。そっくりだし。玉梓の従者として左母二郎と悪四郎がいるんだけど基本玉梓って孤立してる感じだから従者がいるのってなんか新鮮だなーいーなーよかったね玉さん……とか思ってたとかどうとか
ゝ大さま。松田さんがゝ大さまとかウオオオオ!! キャストで一番嬉しかったのです。でも本編見たらやだ!ケダモノ!! 伏姫に迫るところでそう思った。ゝ大さまめ……とまた私の中の評価が下がったらしい(風評被害だ) ラスボス前に死ぬのってTBS八犬伝でもそうだったっけ…?

ほか。もう道筋正すこともなく思いつくこと書いていくのこと。
大崩がもろに震災のモチーフだもんで(津波もそうだし)そんなあからさまにされなくても…って思ってた。瘴気って……瘴気ってもしかして放射能のことなのかしら。あっやだこんなこと書くと変な所から叩かれるかもわからん
五十子の森は戦で使われて必要なくなって捨てられた犬達がどうのって言ってたけどそれって人間のことなんだろうかそれとも八房みたいな軍用犬(?)(闘犬の方が正しい?)なんだろうか。「伏」の伏の森も思い出す設定だな。ああそうだ。思ったんだけど玉梓って原典で言うともしや蟹目前なんじゃないですかね。義実の方が定正でさ。居城だって舘山城や滝田城じゃなくて五十子城だったし。あとそれと犬神さまってのは角川八犬伝で玉梓たちが祀ってたナントカさまみたいなやつなんだろうか。


もっと不満を出せるだろうけど、キリがないのでこの辺でお開きにしておきます。役者さんや音楽や舞台がよくても脚本がクソだと全部クソって言うのは、朝ドラ「花子とアン」で学んだことだったではないだろうか……こともあろうに大好きな八犬伝でそれを再び学びたくはなかったな……モンゴメリやアン好きで花アンガッカリした人はきっとこんな気持ちだったんだろうか あと出来が良くないから、パンフレットで脚本の人の言葉も読もうとは思わないのよね……
でも役者さんたちはとても輝いていたと思います。演技のことは全くの門外漢なのでよくわからないのですが、皆さんそれぞれ熱意を持って挑んでいたと思います。私も、この舞台を見に来てる人沢山の人がキャストの皆さんを見に来たものであるようにひいきの俳優さんが出ていればもう少しいい感想書けたかなーと思うのですが。どうなんだろう。
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