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いまさら! いまから? 「May Dream」の感想を語る会・アルバム全体編
2016/06/15(Wed)
気付けばライブもう三日前じゃないか…!遠征の準備はまるで出来てない。自由時間ほとんどないのに! スマホがぐう便利だから充電さえ切らさなければなんとか…いや、あ、明日なんとか(締切に追われる人みたいだ
締切と言えば悪口小論もライブ前に書き上げたい(無理)なんですが(この状況で電話曲はまっさら、夏服は悪口あげないと手をつけられないとゆー)その前に発売から大体一ヶ月経ったのでMay Dreamについていろいろ書くよ~、一曲ごとにいろいろ言うよ~っていう記事です。

まず新しいアルバムが出たらこれがやるのがわしの楽しみなんじゃあふぇっふぇ~というもの。
めいどりデータ
アルバムのデータ! なんて呼べばいいかわからないのでそう呼んでる。泡愛の時のように少し変則的なリリースを経て出たアルバム。従来のシングル三枚でアルバム、ではなくシングル四枚でアルバム。しかも今回はカップリング曲が一曲追加されてるのでなおさらシングル曲の比率が高い。ということはオリジナル曲の比率は最近のアルバムに比べると低い。最低は現時点で夏服の約58%、次点で桜の木の下の64%、あとは大体69%のものが多いのだが桜の木の下より下。と言う意外な数字になりました。オリジナル曲は8曲、「オリジナル曲が既存曲を挟まず最大で何回続くか」と言う最大連続曲数は4曲(これはほぼ平均値) 「既存曲を挟みながらアルバム曲は何回の頻度で出てくるか」を意味する出現回数は5回。これは平均より上どころかあかラブに並ぶ最大値。このデータだけ見るとあかラブに近いです(オリジナル9曲・最大3曲・出現5回) ちなみに最大連続曲数第一位は彼女の6曲、オリジナル比率トップは夢道・泡愛の約77%です。
曲の配置もデータとして興味深いのでよく見てます。図で示しているようになかなか思い切った配し方になってて、前半はシングル曲を挟みながら交互に展開させ、アルバム中盤で一気にオリジナル展開を重ねていくと言う手法は他のアルバムにはない。はず。あったらごめん(弱い) これは最近のaikoの曲は知ってるけどアルバム聴くのは初めてという人におすすめかもしれない。最近のaiko曲であるもっとや夢見る隙間を交えながらアルバムの道筋を案内するような序盤は工夫していると思う。ただ、配置だけでいうと悪く言うと偏った配置とも言えて、それは夢道もそうだったりする。同じ「夢」を名に負うアルバムだからかしら。なお私は「愛だけは」から「大切な今」の四曲ゾーンを「May Dream劇場」と呼んでいます。

曲の感想も書こうと思ってたらなんかもう狭まってきてしまった! から明日に回す(えー)
最初に聴いた時は、まあ歌詞も読みながら聴いたりしてて(というか聴く前に歌詞にはざっと目を通してた)ちょろっとブログにも書いたけど「私小説」的だなと。aikoというアーティストの、日常臭のする内面をあえて表に出している。あめちゃんガサゴソしたりとか床の髪の毛とか好きなラジオとか指輪を回すクセとか曲づくりとか、よりaikoという歌手の個性、aikoが息づいている生活が歌詞に滲んでいる。だからいわゆる自己投影をしながら聴く曲たちではない。少なくとも向いてないかな。かといって普遍性が損なわれているわけでもないのだが。「私小説」と書いたが「エッセイ」と言い換えた方が適切かも知れない。
で、そんな日常を感じさせる曲たちでありながら「Dream」の名を宿している。これはインタビューとかでもわかることだけど日常の中の夢によって出来てきたアルバムだからなのだろう。今回あんましインタビュー読む気分でなくて、なんてぞんざいな書き方してんだと思われるかも知れませんが。でも夢によって生かされているし、夢を叶えたいから生きているってのは夢追い人である人なら誰しもわかってくれると思う。そして夢が呪いになることもわかってるね。ってaikoもアルバムも関係ないからそんな毒吐きはどうでもいいとして…

そんな具体的な、たとえば生涯かけて叶えたい夢みたいなものが出てくるのが「かけらの心」なわけなのだが、ここらへんからアルバムの舵取り、風向きがちょっと変わってくるんですよね。んでそのことを考えてたらフッと思いついたことがあるのね。「あれ? もしかしてMay Dreamのこの曲たちって繋がってるのかな?」と。「かけらの心」辺りで大人びた落ち着いた世界観である「蒼い日」への布石は出来てて、「大切な今」で大人ならではの柔軟性と落ち着きを得て「蒼い日」に完全進化する感じも、辻褄があう。しっくりくる。少なくとも私はくる。
それまでにも、「何時何分」であんなグズッてたあたしが「蒼い日」で達観出来てて成長率パネェ~感動っすわ~~ってなったりしてたんだが、……となるともしかして、この短い八曲のオリジナル曲、「主人公が同じ「あたし」」なのではないか? つまりMay Dreamは組曲アルバムなのでは?
シングル曲が縦糸、アルバムオリジナル曲が一本の横糸に聴こえるのだ。このアルバム。シングル曲は合間合間に挟まれるCMのようと言ってもいい。けれど実は「あたしの向こう」も「もっと」も「夢見る隙間」も「合図」も「プラマイ」も――特に前半の三曲はオリジナル曲の内容や雰囲気に、狙ってかどうかは知らないが「沿う」ようにも聴こえる。いやそーゆーバイアスがかかったからじゃね? と言うのはナシで。「何時何分」で離れかけている男女を受けて別れの予感と結末を描く「あたしの向こう」 相手と離れ関係を徐々に終わらせながらも相手を忘れられない「冷凍便」から「もっと一緒にいたかった」と後悔を歌う「もっと」 そこから一転して新しい恋と想いに翻弄される「信号」と夢見る隙間も残らないほどに相手に没頭していく「夢見る隙間」 前半のシングル曲は一曲一曲独立して存在している前半のオリジナル曲を「補強」するような立場で配置されているのだ。「合図」と「プラマイ」はそうでもないけど。
そして私が「劇場」と呼ぶ「愛だけは」から「大切な今」はある程度のストーリーがあるように聴こえる。「愛だけは」で昔の恋を思い出し、「好き嫌い」で今の相手に嫌気がさす。「かけらの心」は一人になった「あたし」が誰にも言えないでいた「夢」に向かいだす。そして夢を叶えていく中で「大切な今」に気付き、更に「あたし」は成長を遂げていく。
そして「蒼い日」だ。「何時何分」で「言いたいことがあったならどうして言ってくれなかったの」とすれ違うことをどこか恨みがましく言ってたあの「あたし」が「いつかあたしに教えて欲しい あの日何を願ったのか」と遠く優しく想えるようになっている。そして「あたし」はまたいろんな夢を見て、叶えて成長していくのだ。たくさんの大切な人に出逢い、別れ、また出逢いながら、夢の道をまっすぐに進んでいくのだ。
素晴らしい……アルバムオリジナル曲だけ聴いてたら一本の映画を見たような充足感があるのは疑いようもない。あるいは一冊の本を読み終わったような、そんな特別に満たされた気分になりはしないだろうか!? 私は……なる! 素晴らしい!

前作「泡のような愛だった」は一曲一曲の個性が強い、言ってみれば全部同一のグループには属せない、そんな辛口な曲達だった。ものすごくとがっている曲たちばかりだった。けど、「May Dream」は一曲一曲の横の繋がりが深い。あくまで私がそう思うだけだけど、今までのアルバムにはなかったような気がする。曲全体が全部同一の世界観。だから組曲と言いたい。
少なくとも私は今までこんな風にaikoのアルバム聴いたことないんだよな。マジで。この曲はこの曲と繋がってる、っていうのはよく考えるけど(相合傘とアスパラとか) アルバムに関しては全部独立した「あたし」の物語だと思ってきたんです本当に。この十五年間。勿論「May Dream」も一曲ずつ独立して述べることは可能なんだけど「繋げてみると興味深い」ってのは初めて。私はね。言ってみれば今までが「短編集」ならMay Dreamは「連作短編集」かな? どこから読んでもいいけど実は繋げて読める、みたいな…… アルバムっていう体裁だしシングル曲入れなきゃいけないから入れたけど、やっぱ本質はアルバムオリジナル曲の8曲たちに込められているような。8曲だけのミニアルバムとして出しても十分意味は通ってたと思うですよ。

いい加減長くなってきたしこれ書いてたら悪口の執筆出来ない……。でも今日思ったこと一つだけ。
「May Dream」はアルバム全体を象徴するタイトルってよりは蒼い日の後につくエンドマークみたいなタイトルだなと思うのね。で、夢ではなく願いの方がニュアンスとしては近いような気がするの。ほらほら蒼い日も「願い事をする」って歌ってるしさ。
んで、aikoは助動詞のMayの意味を込めてこういうタイトルにしたんだけど、そのMayも用例を見る限りだと、あえて日本語訳をするなら「~しますように」とか「~できますように」の「ように」に当たると思ってるのね。これはMayと同じ助動詞だよね(Mayも推定の意味あるけど、これも推定「ようだ」の派生)
インタビューを読む限りでは「夢よ叶え!」とかそういう命令形での意味をaikoは込めているんだけど、あの成長したあたしの達観した「蒼い日」を受けて考えると「あなたの願いがいつか叶いますように」「そしてあたしの願いもいつか叶いますように」という、そっとした、けれど暖かい気持ちこそタイトルから読み取るべきものだと思っています。「あたし」の成長を描いているアルバムでもあるけど、このアルバムを聴いた人の背中――悩める小さな背中、「何時何分」の「あたし」のようなその背中をそっと優しく暖かく押してくれる。そんなアルバムになっているんじゃないかなと思います。

ちょっとまってこれクソ長くない!?!? 続きにしまわなくて大丈夫かな!? 大丈夫だよね最近短かい記事ばっかだったし……曲ごとの感想はライブまでに!
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